東京地方裁判所 昭和43年(ワ)15345号 判決
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〔判決理由〕(二) 逸失利益
被害者が本件事故当時太平洋野球連盟(パシフィック・リーグ会長)の職にあつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、同人は生前右連盟の会長の報酬として金三一九万円(<証拠>によつて明らかな給与所得税金二一万を控除した残額)、原稿料収入として金一〇万五六六二円、合計三二九万五六六二円の年収を挙げていたことが認められる。そして、<証拠>を総合すれば、被害者とその妻原告章子との間には、原告一夫と同素子の二子があつたが、原告一夫は、本件事故当時被害者夫婦と同居こそしていたものの、すでに結婚して被害者らと独立した生計を営んでいたことが認められ、これと被害者が社会的にも顕著な前記会長の職にあり、<証拠>により認められる交際範囲の広さを考えると、その生計費は収入の大むね四〇%と認めるのが相当であり、したがつて被害者の年間純利益額は金一九七万と認めるのが相当である。
そこで、被害者が本件事故に遭遇しなかつた場合の稼働可能年数について、原告らは、前記会長の職は終身在任が慣例であると主張するので調べて見るに、<証拠>によれば、被害者の前任者であり、かつ、初代太平洋野球連盟会長であつた訴外中沢不二雄は昭和三六年二月右会長に就任し、以後三選されて昭和四〇年六月病死するまでその職にあつたことが認められるけれども、右事実によつて明らかなように訴外中沢は初代会長であり、<証拠>によれば右中沢の死因は脳内出血であつて、むしろ異常死の部類に属するものであるから、右中沢の例をもつて右会長の職が終身在任の慣例であることの証左とすることはできない。のみならず、<証拠>によれば、右会長の職については年令による終任時期の定めはなされてはいないが、その職務は、前記太平洋野球連盟を代表するほか、同連盟とセントラル野球連盟で構成し、かつ、コミッショナーの選任、フランチャイズの設定変更、クラブ新規加入の承認その他の審議を目的とする日本野球機構の実行委員会委員の兼務、前記会長として選手契約の承認公示、連盟公式試合に関する紛争の裁定、野球規則違反の選手等に対する制裁の裁定等々であつて、その執行にあたつては、かなりの判断力と統制力を必要とするものであることが認められるのであつて、この事実から推しても、原告らの右会長の職は終身在任可能であるとの主張はそのまま首肯することができない。しかしながら<証拠>を総合すれば、被害者は本件事故当時すでに六五才ではあつたが、生前定期的に医師の診断を受けていたが、何らの異常も発見されぬほどの、極めて健康体の持主であつたことが認められるのであつて、これと右認定の会長の職務をあわせ考えると、被害者は、本件事故に遭遇しなければ、その平均余命の範囲内で爾後すくなくとも八年間は稼働可能であつたと認めるのが相当である。
以上の事実に基づき、かつ、ホフマン式(復式・年別)計算により法定利率年、五分の割合による中間利息を控除し、被害者の本件事故時における死亡による逸失利益の現価を計算すれば、つぎに示すとおり合計金一二九七万九五四二円となる。
197万円×6.5886=1297万9542円
(ただし、6.5886は、期間八年、法定利率年五分による単利年金現価指数)
(三) 以上のとおりであつて、被害者の本件事故による損害は合計金一三二九万七三二四円となるところ、前記認定の事実によれば、本件事故の発生については、被害者の信号無視による小走り横断の過失が重要な原因になつていることは明らかであり、かつ、<証拠>によれば、被害者は当時酒気を帯びており、それがまた右のごとき信号無視の要因をなしたものであることも容易に窺知しうるのであつて、この被害者の過失を斟酌すれば、以上の損害のうち被告において賠償すべき金額は金三八一万円と認めるのが相当である。(原島克己)